トービン教授逝く

 

エール大学のトービン教授が死去したという記事が、新聞に載っていました。トービンといえば、「現代の生んだ最大のマクロ経済学者」とサミュエルソン教授に言わせた学者であり、20年くらい前にノーベル経済学賞を手にしています。

彼の代表的な理論は、トービンのq理論と呼ばれるものです。

これは、貨幣や株式、債権といった金融市場と、不動産や機械設備、消費財といった実物市場の関係を表したものですが、それで゜はわかりにくいと思いますので解説を試みます。

もしあなたが1億円相当の資産を持てるとしたらどうするかを考えてみて下さい。現在の日本のように異常な状態であれば別ですが、一般には不動産、預貯金、国債等の債権、株式、金などに分散すると考えられます。

ところがもしこの前のバブル期のような状態であれば、不動産や株式、投資信託の比率を高めるでしょうし、今日のようなデフレの状態であれば、預貯金、国債の比率を高めるでしょう。預金利子も限りなくゼロに近い状態ですが、それを選ぶのは、他のものでは値下がりする可能性が大きいと感じるからです。

また株式に投資する人が増えれば、株価は上昇し、企業は資金を集めやすくなりますから、設備投資などをするでしょう。

このように経済主体であるあなたや企業は、金融市場と実物市場を密接な関係あるものとして行動します。そう考えると、貨幣と実物は無関係であり、貨幣量が経済活動を決めると主張するマネタリストと呼ばれる人たちを含む新古典派の主張はおかしいことになります。

マネタリストの大御所ミルトンフリードマンは、膨大な実証データを元に、貨幣量と実物市場は独立の関係であり、国民所得に対する貨幣量を割合を一定に保つことが安定的な経済成長をもたらすとして、いわゆるマネーサプライの管理による金融政策万能論を展開しました。

フリードマンの主張に対して、トービンは経済学がより現実的であるためには、貨幣以外の資産を考慮し、財政政策の役割も重視しなければならないと主張し、50年から60年代にかけて大論争を展開しました。

どちらが正しいか結論は出ないのですが、皆さんは直感的にトービンの主張のほうが正しいように感じると思います。

現在の日本政府の経済政策の基本は、マネタリズムの流れを汲む新古典派のサプライサイド経済学にあるといわれています。これは供給サイドである企業の経済活動を制約する規制や税負担を撤廃して、経済活動を活発にしようという主張です。当然ながら政府は小さな政府になるわけです。

現在政府がこの政策をとっている理由は、80年代のアメリカが財政と国際収支の双子の赤字をかかえて大不況に陥っていた時にとられた政策が成功したことによるものです。もちろんそれは、当時のアメリカと同様に、赤字国債の乱発で財政が破綻寸前にあり、マクロ経済政策がとれないという事情があります。

この政策は当初において政府の赤字の拡大、競争の激化によるデフレ効果が予想されるために、相当の期間の「ガマン」が要求されます。

「痛みに耐えて」と主張する小泉首相ですが、当時国民は政治官僚業界の癒着による構造腐敗が解消されて、さっぱりと短期間に新しい社会が生まれることを期待していたようで、わずか1年にして人気はガタ落ちとなり、抵抗勢力に屈服した感があります。

そもそも人気ガタ落ちの理由は、外務省問題、国会議員秘書問題の処理をめぐる政争に有効なリーダーシップを発揮できないでいることによるもののようです。経済政策とは無関係な問題です。いわゆる政争に埋没して、経済政策が置き去りにされるのではないかと心配です。

現に3月になってPKO、いわゆるプライスキーピングオペレーション、具体的には空売り規制、が効を奏して3月末決算を無事乗り切った感があり、第二段第三段の政策が足踏み状態であるままに、政争が本格化しそうです。

私としては、元々飽きやすい国民性とはいえ、総理の首を次から次へとすげかえる自民党の体質と、ガマンの続かない国民性が変わらない限り、日本の21世紀はないような気がします。

そしてそれに関して最大の責任があるのは、マスコミではないかと思うのです。テレビ局についても、NHK以外は、各局が主義主張のはっきりした報道をすべきであり、ワイドショーの人気が報道をも支配するということは厳に慎むべきものです。

マスコミの支配があまりに大きいものであるだけに、行動の規範を見直さなければならないのではないでしょうか。

ところでトービン教授の主張の中で、おもしろいと思われるものを紹介しましょう。

一つはトービン税というものです。これは資本市場があまりに円滑になると、過剰な投機が不安定化するかもしれず、資本取引に税金をかけて資本市場を安定化させ、税収で世界福祉の目的に使おうというものです。デリバティブ規制というものです。

もう一つは、もともとケインズの主張した「ゲゼルの貨幣にスタンプを貼る方策」です。これは定期的に有料の印紙を貼らなければ貨幣を使用できなくすることにより、利子率をマイナスにするものです。貨幣が減価するようにすれば、減価する前に支出しようとしてデフレが解消するというものです。

もともと金利を下げると投資が刺激されて景気が回復するはずですが、現在は限りないゼロ金利でも回復しません。この状態は「流動性のワナ」といいます。このワナに陥ったときには、金利は下げても効果はありません。それはデフレによって、借り手にとっては0パーセントでも高金利を意味するからです。

実際にはマイナス2パーセントが適正だとしても、マイナス金利は考えられません。なぜなら金利を払わなければ預金ができないとすれば、預金する人はいなくなり、そもそも金融がなりたたなくなるからです。

これらは財政負担をともなわないマクロ経済政策ですから、可能性ゼロではありません。

最近の状態は、アメリカの景気回復と半導体市況の回復によって多少明るさが見えてきましたが、内需に関してはさっぱりです。ひたすら苦し紛れの安売り合戦でデフレが進行しているといえるでしょう。少なくとも新潟県ではそう感じます。

さて代表的な主張である投資理論「トービンのq理論」をもう少し説明してみます。これは「企業の市場価値」と「現存資本を買い換える費用総額」の比率をqとすると、qが1より大きければ過小資本であるとして、投資が行われるというものです。

市場価格は株価と考えられますが、これは市場の評価が瞬時に反映されるとされています。一方資本総額は調整に相当な時間が必要です。このタイムラグがあるからこそ、qの値が変わるのです。新古典派の主張するように常に瞬時に均衡すれば、qは1になるのです。

これは投資が株価と資産価額で決定することを意味します。いわゆる金利で決定するとする新古典派の立場とは違います。

今日のようにデフレは1パーセント程度でも、資産デフレは半分から四分の一になっている現状では、投資が行われるはずがありません。資産デフレを防ぐことがデフレ克服には絶対必要だと主張しています。

どうでしょう。トービンの主張はいちいちもっともだと思いませんか。恐らく不良債権の処理が進み、ペイオフ解禁まできましたので、今後はケインズ政策への転換が予想されます。現に3月のPKOはケインズ政策です。とはいっても財政支出による公共事業は考えられませんから、トービン理論の採用があるかもしれません。

 

 


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