今月のコラム「週間現代より」」


全学部で慶応に敗れた
2001「ワセダ完全敗北」ここまで来たッ


 
凋落どころか「存亡の危機」だ

 私学の両雄として、100年以上も好敵手の関係を続けてきた慶応義塾大学と早稲田大学。11年前、慶応が神奈川県藤沢市に「電脳キャンパス」ともいうべき慶応SFC(湘南藤沢キャンパス)を開設して以来、「早稲田の凋落」説はもはや耳新しくもなくなった。早稲田OB45万人のなかには凋落を、単なる流行遅れととらえている向きも多い。
 

 ところが、今回本誌が入手したデータは、そんな楽観を根底から吹き飛ばすほど衝撃的なものだ。そこには、慶応に対してあらゆる面で後塵を拝すことになってしまった早稲田の現状が、ごまかしようのない数値で記されている。それを見るかぎり、早稲田は「私学の雄」として存亡の危機にあるといっても過言ではない。

「ワセダ完敗」を示すそのデータについては後述するが、まずは、こうした傾向について学内で警鐘を鳴らしている早大教授たちの声から聞いていこう。教育学部・岡村遼司教授がこう語る。

「僕自身が実感として慶応との格差を感じ始めたのは、SFCができて3〜4年たった'94年ごろからです。最近はそれがますます広がり、僕の授業をとっている学生の中にも、『第1志望は慶応だった』という者がいくらでもいます。かつての“バンカラ気風”はいい意味での放任主義でもあり、学生は自分のやりたいことを自分の考えで行っていた。今の高校生は、手取り足取りして、学ばせてあげる環境を整えなければいけない。SFCは、そこへ行けば英語ができるようになる、パソコンで何かを成し遂げることができるというお膳立てをした。今の学生が慶応を選ぶのは当たり前です。早稲田は完全に出遅れたんですよ」

 理工学部を卒業したあと慶応で教鞭をとり、その後、母校・早稲田に戻ったという人間科学部の野呂影かげゆう教授にも聞いてみよう。

「早稲田は無差別な拡張主義。ここ20〜30年、学生数、学部数、土地など、手当たり次第に拡張して、三百六十度なんでもやるといった印象がある。これではOBの森首相と同じ。理念が感じられない。一方、慶応は、拡張するにしても厳選してやっている。学生の質を見ても、慶応のほうが魅力的な学生が多い。教授陣の差かもしれないが、きちんと学問をやっている学生は慶応のほうが多いのは事実です」
  

 また、「火の玉研究」で著名な理工学部の大槻義彦教授は、入試制度の違いが両校の差の一因になっているという意見だ。

「慶応はAO入試が進んでいるが、早稲田は政経以外はやっていない。それで、偏差値で差が出ているんです。理工学部の教授会でも入試については議論されていて、早稲田もAO入試をどんどん導入すべきではないかという話になっています」
 

 SFCにある総合政策、環境情報の両学部が日本で最初に導入したAO(アドミッションズ・オフィス)入試制度は、現在では国公立大学でも追随する最新の試験方法だ。通常のペーパー試験ではなく、高校入学から出願までの全期間の学業と、学業以外のすべての成果を書類選考し、併せて実施される面接試験などによって最終合格者を決める。受験生側も、その大学が自分に合わないと思えば、途中で試験から降りることもできる。いわば就職試験のような方式といったら一番わかりやすいだろう。

 慶応はさらに今年からSFCに看護医療学部を開設。看護婦・看護士が不足している現在の医学界では、慶応ブランドの卒業生は、引く手あまたとなるといわれている。この看護医療学部でも、すでにAO入試が行われている。

「慶応の成功は、慶応と湘南という二大ブランドイメージに、ITという時代の最先端をいくブランドまでいち早く取り入れたことにある。SFCの隣、平塚市にある神奈川大学だってIT関連には力を入れているんです。しかしブランドイメージでは比べものにならない。実際には日本で最初にITを大学に導入したのは慶応ではないのだが、SFCの圧倒的なイメージの前に他大学はかすんでしまった」(教育ジャーナリスト・西野浩史氏)


 
「プロジェクト」に応募しない教授陣


 とはいえ、ただのブランドイメージの差だけで慶応が早稲田を抜いたわけではない。ここで一つめのデータを披露しよう。全国615国公私立大学の学長へ「研究分野」、「教育分野」でそれぞれ注目している大学を質問し、有効回答320からまとめられた「大学ランキング2001」(朝日新聞社刊)の順位だ。

 188人の学長からの評価を受け、総合1位に輝いたのは、なんと慶応。京大(2位・145人)や東大(4位・112人)を押さえてのトップで、しかも採点者が大学の学長なのだから、この評価は重い。対する早稲田はわずか37人の10位だった。とくに、早稲田は全国の学長から「研究分野」で厳しい評価をされている。慶応が研究分野で、1位京大、2位東大の両国立大に次いで3位の高評価なのに対し、早稲田は公表されている7位以内にさえ入っていないのだ。

 この大学ランキングを裏付けるようなデータも存在する。文部科学省およびその外郭団体の日本学術振興会は、各大学から提示された研究テーマを審査し、これはカネを出すに値すると考えた研究に対しては、補助金を出している。一般的には、この審査を通過して採択された研究件数が多ければ多いほど、その大学の研究レベルも高いと見なされるが、その採択件数は、2000年度は慶応が558(11位)で、早稲田は326(18位)。やはり慶応が圧倒的にリードしているのだ。
 

もちろん早稲田も、ただ手をこまねいてきたわけではない。奥島孝康総長を先頭に、この10年の間、さまざまな改革が進められてきた。昨年4月からは、学内教授陣による研究・開発を推進すべく、「プロジェクト研究所」制度をスタート。プロジェクト研究を希望する教授には、大学が積極的に資金援助していく体制も整えられつつある。

 けれども、動かしているのが大学界屈指の「巨艦」早稲田だけに、舵とりがうまくいっているとは言いがたいのが実情だ。大学全体のレベルアップを目指してスタートしたプロジェクト研究所制にしてからが、こんな状況だというのである。

「現在の低落傾向に歯止めをかけようと、奥島総長らがせっかく立ち上げたプロジェクト制なのに、肝心の教授たちが、ほとんど応募しようとしないんです。実に歯がゆい。早大教授の肩書だけで満足し、旧態依然とした研究方法で、論文書きだけやっている。最近では慶応の教授は週に一度は誰かが新聞紙面で取り上げられているが、早稲田の教授の名前が出ることはほとんどない。象牙の塔に閉じこもり、危機感ゼロなんですよ」(ある文学部教授)

 
政経学部さえもが慶応経済に敗けた


 こうしたデータが、受験に反映されないわけはない。「ワセダ完敗」の動かぬ証拠をこれからお見せしよう。

 右上の表は、ある有名大手予備校が非公開文書として作成している「早稲田大学・慶応義塾大学併願入学実態・追跡調査」である。

 早稲田と慶応を併願し、ダブル合格した同予備校の受講生が、どちらを選んだかということを入学後まで追って表にしたものだ。

 この表の「早大政経」対「慶大経済」欄をごらんいただきたい。'99年度(現大学2年生)の時点では、早稲田・慶応の両校に合格した受験生67人のうち、36人が早大政経を選び、31人が慶大経済を選んだ。つまりこの時点では、まだ受験生の半数以上が慶応を蹴って早稲田に入っていたのである。同じことは、文学部対決、理工対決でもいえた。ところが'00年度(現大学1年生)には、競合するすべての学部で、慶応が勝った。理工など、早稲田80人に対し、慶応158人と、倍近い差が開いている。両校に合格したら慶応を選ぶという受験生の動向が、これではっきりしたのである。

 この結果は、早大上層部にも深刻に受け止められている。
「全学部が『早慶両校に受かったら慶応に行く』という傾向になった証拠ですから、本部が『ついにくるものがきたか』と非常に深刻に受け止めたのは当然です。しかも、この予備校だけでなく、複数の大手予備校にも同様のデータがあり、そこでも“早稲田完敗”“慶応圧勝”の数字は同じだったのです。

 今年になって学部長会議や、各学部の教授会でもこのことは大問題になりました。さらに、この傾向は3月に終わったばかりの今回の入試でも続いているらしい。それどころか、さらに差が広がっている恐れもあるのです。何らかの手を打たないと、さらに差が開く可能性は十分にあるということは、皆がわかっているのですが……」(早大関係者)

 データは、これだけではない。さらに衝撃的な数字が続く。96万件の合否データをもとに算出されている左下表の「2001年旺文社大学難易ランキング(合格者平均偏差値)」でも、競合するすべての学部で、慶応の偏差値が早稲田を上回った。まさに早稲田にとっては完全敗北のXデーがきてしまったというわけだ。

 この苦境を打破する手だてはないのだろうか。エジプト研究で知られる吉村作治・早大人間科学部教授はこう語る。
「実際には両校の実力差はない。教授の質も、早稲田には世界的な論文を発表している人がたくさんいます。早稲田の先生はもっと表に出て、世間の人に自分がどんな研究をやっているかわかってもらう必要がある。現在、学内で進んでいる改革はまさにそうしたことも含んでいます。5年から10年かかるかもしれないが、再びトップに返り咲くことはできると思います」
 早稲田最大のネックである学生数の削減を主張するのは、元立命館大学学生部長の評論家・中村忠一氏だ。

「これからの少子化で、大学が生き残るポイントは、自主的な定数削減と学生の充実です。早稲田のようなマンモス校は、財務のことも考えなければならないが、それ以上に少数でも優秀な人材を育てていくことを考えるべきです」

 前出の教育学部・岡村教授もこう言う。
「学部の垣根をもっと低くしていかなければいけません。学問体系は、複雑化してきており、たとえば理工系の学部で研究されてきたバイオやパソコンのプログラミングに法律や経済の知識が必要になったり、その逆もある。政経に入学して卒業は理工などということが自由にできるようにすべきです。要は『一個人として何ができるか』で勝負できるような学生を作ることが大学の使命だと思いますね」

 
「今の早稲田は自民党そっくりだ」


 ここまでいいデータが何一つない早稲田だが、先に挙げた「大学ランキング2001」には、学長アンケートとは別に、主要企業285社の人事担当者によるアンケートがある。そのアンケートでは、いまだに早稲田が総合1位(442点)を守っているのだ。「創造力がある」「組織への適応性がある」などの項目でトップに立ち、総合2位(309点)の慶応を引き離している。

 就職でも英語力で高水準を保ち、パソコンに精通しているSFCの卒業生は、当初は人気があった。が、今年あたりから企業の採用担当者の間で、「慶応がおかしくなった」という声が広がっているという。

 学生の就職問題に詳しい評論家の赤池博氏がこう言う。
「これまで企業が慶応出身者を評価してきたのは、新卒にもかかわらず、ビジネスマンの“セミプロ”級の者がたくさんいたからです。彼らは上下にも横にも強固な人脈があって、情報収集力があり、しかも分析力に長
けていた。いわば一種のビジネススクールめいた部分があった。ところが、学内IT化の行き過ぎか、今年度入社内定組の評判は悪いのです。彼らは、以前の慶応出身者のように積極的に他者と向き合わず、何でもメールで済まそうとする。就職活動でも、ゼミのOBにメールを送り、それで就職を決めようとする。『IT就職』とか『バーチャル就職』といわれて、企業の人事担当者の間では評判が悪い。早稲田が慶応を意識しすぎて“ビジネススクール”化すると、同じ轍を踏むことになる」

 早稲田が慶応のサルまねをすることは、決して望まれてはいないのだろう。
 OBの田原総一朗氏が言う。
「生え抜きの人材を教授にしてしまう構造や、本業である教育以外の部分に力を注いだことは、非常に悪い意味で、今の自民党に似ている。閉鎖的な世界で二世、三世議員を登用する保身的な自民党からは、優秀な人材が生まれない。同じような問題を早稲田も抱えて、奥島総長らも変化への努力を続けているが、どうしても突破できないでいる。総長が危機感を持って懸命に努力しても、その危機感が全学に及ばないんです。現在の状況は、OBとして残念でなりません」

 自民党と同じなら、もはや立て直しは不可能、ということになってしまうが……。

 


戻る