物の価格を検証する
物置を整理していたら、昭和32年の金銭出納帳を発見しました。持ち主は私の叔父さんで、当時20歳の早稲田大学の学生でした。
パラパラとめくってみると、実にこまごまと出費が書いてありました。下宿代は7500円、バス代15円、風呂15円といったぐあいです。
ところが次の行を見た時、私の目は点になってしまいました。りんご3ケ150円と書いてあったからです。1ケあたり50円であり、バス代や風呂代の3倍以上です。今に換算すれば、りんご1ケが600円くらいということでしょうか。これはどう考えても高すぎます。当時は高値の花だったということでしょう。
昭和32年と今を比べれば、物価は何倍にもなっていることは想像できますが、全てが同じように高くなっているわけではありません。何十倍にもなったものもあるでしょうし、数倍程度のものもあるでしょう。それは、その業界が発展したかどうかを表しているといっても過言ではありません。先の例でいえば、りんごの価格は長期間あまり変わりなく、業者の技術革新が進んでいるか、構造的に不況が進んでいると想像されます。
全ての基準になる価格を決めるため、初任給を基準に取ると、32年頃の大卒初任給は10000円くらい、現在は19万円くらいですから、約20倍になっていることになります。
これを基準にして、当時の価格を20倍にしてみると、次のようになります。
品目
当時の単価
計算上の現在価格
下宿代
6000〜7500
120000〜150000
スクールバス
15
300
風呂
15
300
理髪
100
2000
新聞1ヶ月
110
2200
本(文芸)
100〜130
2000〜2600
ハガキ
5
100
映画
50〜100
1000〜2000
ホープ
40
800
ビール
15
300
医療費 風邪
770
15400
タオル
50
1000
みかん
20〜30
400〜600
ラーメン
30〜50
600〜1000
カツ丼
60
1200
これを見ると、ほとんどの物価がやたらと高いことに気がつきます。すなわち、ほとんどの物価が現実には安くなっているということになります。
これは経済学者のいうところの「よい物価下落」です。可処分所得に占める従来型支出の割合が減って、余裕分が゚新しい財・サービスの支出に向かい、消費生活が豊かになるということを意味しているからです。
細かく検討すると、ハガキが現在50円ですから、計算値の半分ということになります。同様にバス、風呂、本、カツ丼などが半分程度です。
これに対し、理髪が4000程度ですから約2倍、新聞は3000円位ですから約1.5倍になっています。これらは物というより、人的サービスや情報サービスですので、合理化による価格低下ができにくいものであることがわかります。
一方タオルは200円程度とすると五分の一、最近では中国物が主流になって十分の一くらいです。また、ホープは220円くらいですから三分の一、みかんは30円くらいとして十五分の一、100円としたら五分の一ですから、おそろしく低下していることがわかります。これらは、技術革新や合理化によって低価格化が進んだわけで、物価優等生ともいえますし、構造不況ともいえるでしょう。
意外なのはホープです。タバコは税金の値上げによって、どんどん上がっているイメージですが、本来は物価優等生なのです。
ちなみに表にはありませんが、雪印バター160円という記述がありました。特定メーカーを名指ししての記述は、新聞や本くらいのものですから、いかに雪印のブランド力があったかが想像されます。20倍にすれば、3200円です。いかに昔は高値の花であり、今は不況業種がわかるというものです。
さて、特筆すべきは医療費です。ちょっとした風邪で゚かかって現在は2000円くらいでしょうか。七分の一ということは、物価優等生なのか、それとも保険制度の恩恵なのでしょうか。それにしても32年の770円は高いものです。やはり昔の人が、病気のときにそなえて貯金をしなければ、というのがよくわかります。
いずれにしても、物の価格は税金や保護などによって価格を操作しない限りは、どんどん下がっているというのが実感です。これが今日の物質的豊かさの証明といえるでしょう。
さて、これからはどうなるのでしょう。世界の市場経済化によって、従来型の物の価格はどんどん下がるでしょうし、最近では規制緩和によって、人的サービスの値下げも始まりました。やはり、発展途上国では製造できない技術水準の高い物や、全くの新開発製品、それにサービスでも価格競争にまきこまれない新しいもの、すき間狙いのものにシフトしていかないと、淘汰の波に洗われるということでしょう。
言葉を変えれば、技術とスピードが決めてになるということでしょう。