あえて教育改革を語る

無言には似つかわしくないのだが、小学校で開かれたフリートーク「教育改革を語る」に参加してきたので、ついつい語ってしまうのだ。なにしろ、私のモットーは、「一を聞いて百を知り、千を語る」なのである。

さて、ここでいう教育改革とは、2002年度から正式に始まる「ゆとり教育」のことである。

学校完全週休二日制、教科30パーセント削減、生きる力を育てるための総合学習の導入などがその中心である。すでに一部は導入されているので、徐々にその内容は理解されてきていると思うのだが、いよいよ完全週休二日と教科30パーセント削減という天王山を迎えるのである。

そこで保護者の不安の声に答えて、説明会とフリートークの開催となったようである。

まず感じたのは、お母さんたちの不安は大きいということである。学力低下で進学できないのではないかということである。理想はわからんでもないが、目先の現実はどうしてくれるのかというわけである。

私などは机上の空論が好きだから、理想を目ざすのはいいじゃないですかと思ってしまう。もちろん、今経済界などからは「ゆとり教育」批判や「学力低下と日本経済の危機」について指摘されているが、それまたまったくもってもっともだと思っている人間の1人だ。

問題は「ゆとり教育」か「学力強化」かの二者択一ではなく、両者のいいとこどりの理想を目ざすことにある。これは「言うは易く、行うは難し」という奴で、現場の先生たちの熱意と、指導力、人間力が試されるといっても過言ではないだろう。

そういった点で、先生たちはどう考えているのだろうか。もちろん自信満々の先生もいるだろうが、不安な先生もいるはずである。その不安にどう対処するのか。また、いわゆる「はずれ」先生に当たらないためのセーフティネットは用意されているのか。議論はそこまで踏み込んで欲しかったのだが、まぁわずか1時間程度の時間ではとても無理てしたね。

そういうことを聞きたかったのは私だけで、学校サイドはフリートークとはいってもフリーの発言に対処するだけの覚悟はなかったようで、巧みにかわされてしまった。あくまで公聴会といった程度のつもりだったようだ。

私はかねてより「対談の名手」と呼ばれることを目標にしていたこともあり、緊張するお母さんたちと、真面目に説明したがる先生たちの間に立って、一人でざっくばらんにフリートークしてしまった。私は結構充実感があったのだが、ヒンシュクものだったりして。

まあ、いずれにしても、いつもさっぱり要領を得ない挨拶しか聞いたことのない校長先生の雄弁な語りを聞けただけでも成果はあったというものである。

ついでながら、終了後に長岡新聞の取材を受けた。とても熱心な人と判定されたようである。人を見る目がないのう。

まあそんなふうにおだてられると弱いわけで、ならば踏み込んで語りましょう。

まず先生の質の向上と地域の後押しが重要である。

先生の世界は漏れ聞くところによると、徹底的に高めあい認め合う世界で、決して批判されないようである。つまり唯我独尊なわけである。いわば独立自営零細業みたいなもの。これでは全体の質の向上は難しい。チェーンオペレーションのような、全体の質を保証できるしくみを導入するべきであろう。これは業界の構造改革とも言うべきものであろう。

また地域の後押しとしては、「頑固おやじの会」を結成して、地域のおやじが、学校と同じ価値観で子供を叱ることが、子供たちの不安を和らげ、「ひきこもり」のような重症な子供をつくらない効果があるらしい。

考えてみれば、小学生などは本来単純なもの。いかに価値観が多様化しているとはいえ、単一の価値観で洗脳したほうが、心の発達にはいいのだろう。早すぎる思春期はよくないのである。

まあ、これ以上は語るまい。

戻る