無言己を語る |
「清澄房無言」は1978年に誕生しました。
というより、この年に俗世の青年であったエーヤが、一人部屋にこもり、仙人を宣言したのです。今で言う「引きこもり」ということでしょうか。とはいっても、エーヤはその後も明るく楽しい学生生活を送っていました。ただ、エーヤの精神が肉体を離れて、俗世に少しだけ距離を置いていたというのがわかりやすいところでしょうか。
「清澄房」とはその名のとおり、「清く澄んだ部屋」という意味です。ならばキレイな部屋に住んでいたかというと、当時を知る人は、そんなことはないと断言します。俗世の穢れがないという意味での「清澄」なのです。
そのネーミングのきっかけは、千葉県にある清澄山清澄寺の宿坊に泊まったことから始まります。サークル活動でトンボの採集をしていたエーヤは、関東地方でも最も温暖で自然豊かな川として、養老川を選び、春一番の採集に、後輩を連れて行きました。ところが、何を血迷ったか、このお寺の宿坊に泊まることを思いついたのです。入会したての後輩は驚いたようです。生物のサークルに入ったのに、お寺で朝のお勤めまでさせられたのですから。ほとんどの場合、宿泊はテントでしたので、この行動か何を意味するのか、今でも説明できません。
しかし、それがきっかけで、清澄房を名乗ることになってしまったのです。
「無言」とはズバリ、沈思黙考ということです。静寂の空間で、1人静かに考えたということです。
一説には無口だとも言えますが、エーヤを知る人は笑ってしまうようです。当時からかなり弁じていたようなふしがあります。
このように田舎出身の、すなわち越州出身の青年が、都会の穢れと軽軽しさに染まりきらず、仙人を名乗ったというのが、真相のようです。
現在無言は、生まれ故郷の越州の山中に棲んでいます。そして俗世のエーヤは、一人前に家庭を持ち、世間的にはごくごく普通のおじさんとして暮らしています。
ただ、ごくごく普通でないことがあるとすれば、数年に一度くらい、私は生まれ変わった、と叫んで妙なことを始めることです。今もちょうどその時期にあるようです。「カイカク」だと叫び、小泉総理の誕生を喜び、「今こそ目指すべき理想に向かって、進まねばならん」「しがらみよ、さらば」「私は変人だ」などと叫んでいるのです。そして、その弁ずる姿はなかなか迫力があるのです。
それが、清澄房無言の仕業であることは、言うまでもありません。無言はエーヤに取り付いた背後霊のようなものかもしれないのです。